2008.05.15 Thursday
麻生吉隈鉱業所
5月11日に福岡県桂川町で開催された、王塚装飾古墳館主催による「吉隈鉱業所跡を歩いてみよう!」ツアーに参加してきました。
様々な炭鉱遺構を巡れるものだと期待して電話で参加申し込みをすると、「今は何も残っていません、跡地を巡るだけですよ」とのこと。しかしこのような企画もあまりないので、せっかくだからと参加を決めました。
当日の参加者は13名。ほとんどが地元の方で、吉隈炭鉱で働いていた人や、その家族で社宅に住んでいた人などの参加もありました。「歩いてみよう!ツアーは」炭鉱操業当時の地図と照らし合わせながら、その場所場所で説明を聞きながら歩き進みます。やはり申し込み時の説明どおり、炭鉱跡地は住宅地へと姿を変え、当時を思わせる遺構や痕跡は何も残っていません。しかし何もなくて残念と思いきや、そのツアーの内容は予想をはるかに超える魅力的なものでした。

まず他の参加者が元炭鉱職員であったり、その家族だったりするので当時の体験談などをツアー中たっぷり聞くことができます。またツアー中にたまたま出会った地元の人も、飛び入りというか臨時の解説員となって付近の案内をして頂いたのにはびっくり。またその話が面白いこと!資料や文献などでは知ることができない、かなり“ディープ”な話も聞くことができ、大いに楽しめて感動できるツアーでした。
目立つ遺構はないものの、社宅や関連する当時の建物などは僅かに残っています。下の写真の木造建築は、昭和44年の閉山までは共同浴場だったもの。現在はスーパーとして使われているようです。

建物上部の換気口などが浴場っぽいですね。当日は定休日でした。
こちらのグラウンドになっている場所が弥栄本坑という2本の斜坑があった場所。下の写真左手に斜坑があり、右側方向に捲揚場がありました。

そして炭鉱施設に直接関係するものとしては唯一になるコンクリート遺構がグラウンド隅の斜面に残っています。

斜坑から捲揚機があった地点までの線上に位置するので、軌道を支えた支柱ではないかと思われます。
青マーカー、上から共同浴場・弥栄本坑跡・コンクリート遺構の位置です。
桂川町王塚装飾古墳館主催の、このような炭鉱跡を巡るツアーは今回で2回目。地域の人々と密着したこのようなツアーが、他の地域でも開催されるといいですね。
様々な炭鉱遺構を巡れるものだと期待して電話で参加申し込みをすると、「今は何も残っていません、跡地を巡るだけですよ」とのこと。しかしこのような企画もあまりないので、せっかくだからと参加を決めました。
当日の参加者は13名。ほとんどが地元の方で、吉隈炭鉱で働いていた人や、その家族で社宅に住んでいた人などの参加もありました。「歩いてみよう!ツアーは」炭鉱操業当時の地図と照らし合わせながら、その場所場所で説明を聞きながら歩き進みます。やはり申し込み時の説明どおり、炭鉱跡地は住宅地へと姿を変え、当時を思わせる遺構や痕跡は何も残っていません。しかし何もなくて残念と思いきや、そのツアーの内容は予想をはるかに超える魅力的なものでした。

まず他の参加者が元炭鉱職員であったり、その家族だったりするので当時の体験談などをツアー中たっぷり聞くことができます。またツアー中にたまたま出会った地元の人も、飛び入りというか臨時の解説員となって付近の案内をして頂いたのにはびっくり。またその話が面白いこと!資料や文献などでは知ることができない、かなり“ディープ”な話も聞くことができ、大いに楽しめて感動できるツアーでした。
目立つ遺構はないものの、社宅や関連する当時の建物などは僅かに残っています。下の写真の木造建築は、昭和44年の閉山までは共同浴場だったもの。現在はスーパーとして使われているようです。

建物上部の換気口などが浴場っぽいですね。当日は定休日でした。
こちらのグラウンドになっている場所が弥栄本坑という2本の斜坑があった場所。下の写真左手に斜坑があり、右側方向に捲揚場がありました。

そして炭鉱施設に直接関係するものとしては唯一になるコンクリート遺構がグラウンド隅の斜面に残っています。

斜坑から捲揚機があった地点までの線上に位置するので、軌道を支えた支柱ではないかと思われます。
青マーカー、上から共同浴場・弥栄本坑跡・コンクリート遺構の位置です。
桂川町王塚装飾古墳館主催の、このような炭鉱跡を巡るツアーは今回で2回目。地域の人々と密着したこのようなツアーが、他の地域でも開催されるといいですね。



















































