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三菱飯塚炭鉱

 福岡県の筑豊地方は古くから数多くの炭鉱があり、現在でも多くの遺構が残されています。その中でも飯塚市に以前から気になっていた炭鉱遺構があったのですが、旧伊藤伝右衛門邸を見学した折に訪ねていくことができました。

 福岡県飯塚市の南部(旧穂波町)の平恒に、昭和40年に閉山した三菱飯塚炭鉱の巨大な煉瓦遺構が残されています。住宅の合間に見える2つの巨大な煉瓦の遺構は遠くからでもよく見え、かなり目立つ存在。櫓とも建物とも違うその煉瓦の構造物は、正体を知らないとかなり不思議なものではないでしょうか。

三菱飯塚炭鉱

手前の遺構は柵で囲まれ、飯塚市により案内板が設置されています。それによれば、この遺構は斜坑の巻揚げ機が据え付けられた台座で、大正時代に作られたものだと考えられているとのこと。

三菱飯塚炭鉱

高さは約12m。太い12本の柱がなんともいえぬ迫力を出しています。煉瓦の色も鮮やかで、所々に補修の痕跡もみられ大切に保存されている様子です。

三菱飯塚炭鉱

全てが煉瓦で造られているかと思ったのですが、下から見上げると天井部分はコンクリートの地肌が見えています。


現地の案内板のイラスト。台座上の小屋の中に蒸気で動く巻揚げ機があったようです。台座手前にはトロッコ軌道が描かれていますが、後のJR上山田線でしょうか。その上山田線も昭和63年に廃止になり、現在は車道になっています。


 もうひとつの遺構は若干様子が違います。柵に囲まれることもなく、個人の住宅敷地と畑の中に跨ってあります。台座自体もコンクリートの梁が加えられたり、また一部を削られたり後からの“改造”と思われる痕跡が見られました。現在は何かに使われている様子は見られませんでしたが、特に保存されているという様子でもありませんでした。


削られた台座の一部。表面は煉瓦ですが内部はコンクリートだということが分かります。ところでこのような構造はどうやって作るのでしょう。先に煉瓦で型枠を造り、その中にコンクリートを流し込んだのでしょうか。ちょっと不思議ですね。

 ここ平恒周辺にはわずかな時間しか滞在できませんでしたが、それでも炭鉱や廃線に関係すると思われる煉瓦やコンクリートの遺構を複数見つけることができました。新しく開発が進む中で消えていったものも多いと思いますが、それでもまだ多くの遺構が残っているのには驚きました。

関連サイト:
ALL-A」> 三菱飯塚炭鉱 巻き上げ機台座01
ALL-A」> 三菱飯塚炭鉱 巻き上げ機台座02
日本の鉱山」> 福岡県 > 三菱鉱業飯塚炭鉱(穂波町)
遺産探訪/炭鉱関連 | permalink | comments(11) | trackbacks(0)

この記事に対するコメント

お久しぶりです。
これ,私も見ました。
予想イラストを見て,同行者と共に,「家の屋根が今風過ぎる」「機械室の窓がアルミサッシなんてあり得ない」と突っ込み会ったのを覚えています(笑)。
ニコソFG | 2007/05/03 7:58 AM
やはり内部はコンクリートでしたか。しかもどうやら無筋コンクリート造のようですね。これだけ柱がぶっ太いなら無筋でも大丈夫でしょう。むしろ無筋だからこそ太いと言うべきか。ご推察の通り、煉瓦を型枠として使ったのだろうと思います。少しずつ煉瓦を積み上げながらコンクリートを打設していったのでは。
tks | 2007/05/03 10:03 PM
>ニコソFGさん
私もこのイラストには違和感を感じました(笑)。確かに建物が現代風。当時の写真などが残っていないんでしょうね。大正時代から昭和の話なのに復元予想図とは、まるで縄文時代の遺跡みたいですね。

>tksさん
なるほど柱の太さも無筋だからと考えると納得できますね。ところで台座の周辺に点在するコンクリートの遺構(残骸)の中には、ワイヤー・針金・レールなどを鉄筋代わり?に使ってあるものもありました。
ゴン太@管理人 | 2007/05/05 1:18 AM
この構法は、実はすごい歴史があり、約2000年前のローマの有名な遺構の「パンテオン」や「コロッセオ」は、同様にコンクリートで造られています。

厳密には「無筋」と言い切れないようで、上記のように鉄片のようなものを入れて、現代の鉄筋コンクリートに近い発想がされていたようです。

また、現代では鉄筋の量が格段に増えて、網の目のように組んだ中にコンクリートを流し込むので、コンクリートの流動性を高めるのにAE剤という一種の界面活性剤を入れるのですが、当時はこれに替わるものとして「豚の脂」を混入していたそうです。

細部の細かい造形を造る折に、苦労したが合いもあるのでしょうね。
今回の遺構ではそれほど、複雑な形態が無いので、そこまではやっていないと想像します。
赤か毛 | 2007/05/18 1:08 PM
↑上記下から3行目「苦労したが合い」は「苦労した場合」の間違いです。m(_._)m
赤か毛 | 2007/05/18 1:10 PM
>赤か毛さん
コンクリートに豚の脂とは!なんとも意外な組み合わせですね。一口にコンクリート建築と言っても様々な使い方があり、特に昔のものは色々あって興味深いものですね。
ゴン太@管理人 | 2007/05/19 1:33 AM
はじめまして。
有益で新鮮な情報、いつもありがとうございます。
5月に桂川の古墳館で長弘雄次氏の炭鉱遺産についての講演があって、その中で、当時の飯塚鉱の巻上機の写真がスライドで紹介され、意外にあの復元イラストとそっくりなのに驚いた記憶があります。細部ははっきり写っていなかったので、その再現には問題あるのでしょうが。
松 | 2007/07/14 4:22 AM
>松さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
当時の巻揚げ機台座の写真があるんですね!私も是非見てみたいものです。また「長弘雄次氏の炭鉱遺産についての講演」も非常に興味があります。

復元イラストは細かなディテールが“現代風”になっているので、全体的に違和感があるんでしょうね。しかし写真がそっくりだったとは面白いですね。
ゴン太@管理人 | 2007/07/16 12:44 AM
長弘氏は、田川市石炭・歴史博物館の企画展「ふくおか近代遺産物語」(7/21〜8/26)の記念講演会として「筑豊の近代遺産」と題する講演を8月5日に行うようです。
おそらく桂川町での話と同じものでしょうが、筑豊の炭鉱関連遺産を100ピックアップした一覧表(写真付)が資料で、予想より「役に立つ」内容でした。
その成果を近々出版すると話していたと思います。
松 | 2007/07/18 7:20 PM
>松さん
情報ありがとうございます。8/5の講演は企画展とあわせて魅力的な内容ですね。また出版の話もありということで、そちらの方も楽しみですね。
ゴン太@管理人 | 2007/07/19 2:47 AM
マニアには堪らない物でした楽しく拝見させて頂きました。私は特別ではないのだと安心しました。建物の裏側外せません!取っ手 天井 細工 ガラス 間取 ロマンを感じます
尚 | 2015/10/06 11:22 PM
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