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尾平鉱山

 大分県豊後大野市の南西部、宮崎県との県境付近の山間に明治以前より採鉱が行われていた金属鉱山である尾平鉱山があります。昭和10年に三菱鉱業により近代的操業が始まり、銀、砒素、銅、錫などの産出も飛躍的に増加。それに伴い従業員も増え、ピーク時の昭和25年には500人を超えたといいます。山間の小さな集落だった尾平は、従業員やその家族などで2000人を超える人々が暮らす“街”へと変貌しました。社宅や病院、学校などだけでなく大資本三菱の鉱山ですので都会の最先端の文化も持ち込まれ、映画などは大分県で一番最初に封切られていたそうです。

 昭和29年、鉱量と品質の低下などが原因で三菱尾平は閉山することに。その後、蔵内尾平鉱山として採鉱が再開されるも昭和34年に再び閉山。現在は2軒ほどの宿泊施設と鉱山廃水処理施設があるだけの静かなところです。

 この尾平鉱山をWeb上で検索すると、多くのサイトに山の急斜面に朽ち果てる選鉱場跡や坑口などの写真を見ることができます。現在も三菱マテリアルの鉱山廃水処理施設が稼動しており、そこの事務所に頼めばそれら鉱山関連施設跡を見学させてもらえることが紹介してあります。それらの情報を知ってからずっと行きたいと思っていて、やっと先月行ってきました。

 県道から鉱山事務所へ向かう入口には「立入禁止・尾平鉱山事務所」の看板があります。その看板にはかすれてはいますが「見学をご希望の方は事務所にお立ち寄りください」とあり、なるほどWeb上の情報の通り。しかし上からペンキで塗りつぶされているようにも見えました。写真は事務所へ向かう道から山の斜面の選鉱場跡を見上げて撮影したもの。手前の赤茶色の山は鉱水処理で出た脱水ケーキ?でしょうか。

尾平鉱山

 三菱マテリアル尾平事務所に到着すると一人の従業員が外へ出てきました。早速見学のお願いすると考えもしなかった意外な返事が。
「見学などの敷地内の立入は事故防止のために全て断っております」
ええ!?話が違う!?遠路はるばるやって来たのに…。話によれば見学を断るようになったのは最近のことのようです。敷地の外でのことらしいのですが、昨年に古い坑口付近で落盤による死亡事故があったとのこと。それで危険防止のために立入を断ることにしたそうです。そういう決まりなら仕方ないですね…。そのまま帰るのもなんですので、ずっと疑問だったことを聞いてみました。この鉱山廃水処理施設は、坑口から有害物質を含む水が湧き出てくるのを中和処理をして汚れも取り除くためのもの。だったら坑口を埋めてしまえば水は出てこないので排水処理もしなくていいのでは?と質問。
「以前に埋めたことがあるのですが、全く違う場所の古い坑口から湧き出たためにもう一度掘りなおして処理を続行することになりました」
この尾平鉱山は三菱が採掘する以外にも数多くの坑口が開かれており、話によれば新旧の坑口をあわせると100か所を越えるとのこと。それら全ての坑口を完全に埋めるのはとても難しいようです。下の写真は付近にある三菱以外の坑口跡。

敷地外にある古い坑口

 さて、尾平鉱山跡へ立ち入ることはあきらめて事務所を後に。せっかくですので周辺の森の中に残る集落跡や廃墟を見て回っていると、山道で子供から老人までいる20人ほどの団体と遭遇。中心にハンドマイクで説明をしている人がおり、皆でその話を聞いています。話を聞いてみると豊後大野市歴史民俗資料館が主催する「尾平鉱山の歴史ツアー」のご一行とのこと。今から坑口を見たり、選鉱場の上まで行くというではありませんか!親切なことに「ご一緒にいかがですか」と。なんてラッキーなんだ(笑)。

 三菱尾平の主力坑だった総延長46キロメートルの「新大切坑口」。現在は不気味な色の水が流れ出てきていますが、当時はトロッコ軌道が通っていました。

尾平鉱山

 坑口から出た鉱石を積んだトロッコは、山の斜面を利用した選鉱場の上部へと向かいます。途中50メートルほどのトンネルを通りますが、内部は坑道を思わせるワイルドな造り。

尾平鉱山

 選鉱場の最上部です。足元は切り立ったコンクリートの壁があり、覗き込むのも怖いくらいの高低差。

尾平鉱山

 選鉱場の脇を通っていたインクラインの軌道跡。写真ではちょっと急な下り坂のように見えますが、実際は恐ろしいほどに急角度で立ち入ることはできません。実際は36度の角度で109メートルの高低差があるそうです。

尾平鉱山

このあと鉱山敷地の外へ戻り、ツアーの一行と別れました。案内説明をしていた方によると、このツアーは2回目とのこと。1回目が好評で申し込み人数が多く、急遽2回目が開催されたそうです。3回目があるのであれば是非最初から参加してみたいものです。このようなツアーが各地で増えるといいですね。
遺産探訪/鉱山関連 | permalink | comments(8) | trackbacks(0)

この記事に対するコメント

見学ツアーに偶然出会わせるとは本当にラッキーですね。これはつまり日頃の行いがよろしいからでしょうか。
tks | 2007/05/14 1:24 AM
>tksさん
見学を断られガッカリしていたところに見学ツアーに参加させて頂けた訳ですから、そりゃもう渡りに船とは正にこの事(笑)。本当に運が良かったです。
ゴン太@管理人 | 2007/05/14 2:53 AM
すごいラッキーでしたね、、
でも、ココ写真からして本当に落盤/落石が危なそう(笑)
ごんた | 2007/05/14 9:10 AM
>ごんたさん
入口は普通のトンネルのようにコンクリートで巻かれているのですが、中に入ってビックリでした(笑)。
ゴン太@管理人 | 2007/05/15 9:17 AM
懐かしいものが見れました、私は尾平鉱山で生まれ、父は
鉱山で働いていました。山の斜面に家があり遊んでいた記憶があります六年前に尾平に父と鉱山を見に行きました、その父も3年前に69歳で亡くなりました懐かしいもの有難う御座いました。
十時哲男 | 2008/08/04 8:48 PM
>十時哲男さん

はじめまして。十時さんは尾平が賑わっていた頃をごぞんじなんですね。今や大きな街があったとは信じられないほどに森になっていますが、周辺の森の中には朽ち果てつつも何軒もの民家が残っており、人々の生活があったことを強く感じた場所でした。
ゴン太@管理人 | 2008/08/06 12:53 AM
私も尾平で生まれました懐かしいです
元長秀夫 | 2014/01/03 6:04 PM
23日、高千穂から山越しで大分に戻る途中、尾平鉱山跡を目にしました。子供の頃よりその名は聞き及んでいたものの‥朽ち果てた廃屋、林の中に丸石だけの墓標&#8264;その昔の賑わいは一切感じられず鳥のさえずり、川のせせらぎ、新緑のなか山ツツジ(ミツバツツジ)のきれいさに目を奪われ
そこかしこに咲きほこる朱色の華やかさがその昔の悲哀を物語っているようだった。秋にまた訪れよう。
yoppy | 2014/04/25 9:48 AM
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