マップ 報告書 掲示板 リンク 雑記帳
このサイトについて お問い合わせ TOPページへ 九州ヘリテージ

九州の近代化遺産・産業遺産を見て・調べて・紹介!するブログ
<< 旧長崎刑務所解体 | ブログTOPへ | 謎の石柱 >>

貝島炭鉱

 福岡県宮若市(旧宮田町・旧若宮町)には、明治18年から昭和51年まで90年間に渡り石炭を採掘した貝島炭鉱がありました。創業者の貝島太助は一介の炭坑夫から身を起こし、麻生、安川と並び筑豊御三家の一人に数えらる炭鉱経営者にまでなった人物として知られています。

 この貝島炭鉱は、地元資本とはいえ戦後のピーク時には従業員が1万人を超える大規模なもで、さらに九州では珍しい露天掘りによる採炭も行われていました。通常の坑道掘りも行われていたのですが、他ではあまり見ることのない露天掘りという点が私としてはとても気になっていました。閉山から32年経ち、大規模な選炭施設や竪坑櫓などはもう残っていませんが、露天掘りの跡は現存するということで現地を訪れてみました。

貝島本社バス停

 バス停に“貝島本社”という名前が残っています。バス停周辺は住宅街になっており、貝島本社の痕跡は見当たりません。バス停標識の向こう側が露天掘りの跡地になります。

現在の露天掘り跡

 バス停脇から見た露天掘りの跡地。現在大きな池になっていますが、池の周辺の埋立地を含めると非常に広大な敷地です。現在は開発会社の所有地になっているようで、広範囲にわたりフェンスが立てられ立入禁止になっていました。


 その露天掘り跡をGoogleマップで見てみるとこんな感じ。左上のマーカーは「貝島本社」バス停。池は一つでなく離れた場所にもあり(コントロールバーで広域表示すると東側に見える池)、そこも露天掘り跡地だと思われます。

露天掘り跡地

上記のGoogleマップ表示部分とほぼ同じ場所。昭和49年(1974年)時点ではまだ採掘が行われていたようで池になっていません。上の航空写真の元画像(国土画像情報サイト)では、露天掘り敷地の東側にホッパーやシックナーなどの施設群や2棟の竪坑櫓も確認できます。また周辺には貝島炭鉱の引込み線、専用線、JR宮田線など多くの軌道も確認できますが、いずれも現在は廃線になっていますのでその関連遺構も気になるところです。

貝島炭鉱創業の地 石碑

 露天掘り跡地の南側には「貝島炭鉱創業の地」の石碑が建てられていました。脇には貝島炭鉱に関する案内パネルも。

当時の露天掘り採掘光景

 現在は住宅地が広がるこのような場所で大規模な露天掘りが行われていたとは、今ではちょっと想像が付きませんね。

宮若市石炭記念館

 「創業の地」の石碑から住宅地にわずかに入ったところに、貝島が建てた小学校跡を利用した宮若市石炭記念館があります。博物館のようなお金がかかった展示物はありませんが、当時の写真や資料の充実ぶりには目を見張るものがあり、また炭鉱で使われた道具や日用品などの“本物”の展示品も膨大な数。なにより、案内して頂いた記念館の職員の方の説明がとても面白く、非常に興味深い話を聞くことができました。展示物全てに目を通そうと思ったら、とても1日じゃあ足りません。機会があればまた訪ねてみたいものです。

【関連サイト】
宮若市」> 宮若市石炭記念館
日本の鉱山」> 福岡県 > 貝島炭鉱
遺産探訪/炭鉱関連 | permalink | comments(15) | trackbacks(0)

この記事に対するコメント

露天掘りってすごいですね、、南アフリカみたいです、、こっちのほうが危険は少なそうですが、コストはかかりそうですよね、、どういう棲み分けなんでしょうか??
ごんた | 2007/08/03 5:19 PM
>ごんたさん
そうですよね。露天掘りって広大な敷地が必要なだけに、アフリカやオーストラリア、ロシアなんかで行われているイメージがありますよね。「どういう棲み分け」言われて見ればなんなんでしょう。気になりますね。炭層などの地質によって採掘方法も違うとは思いますが、その辺は機会があれば調べて見ますね。
ゴン太@管理人 | 2007/08/04 2:05 AM
露天掘りの深さはどれくらい
| 2009/06/17 8:12 PM
>露天掘りの深さはどれくらい

すみません。詳細は把握しておりません。
写真で見る限りかなり深そうですね。
私も気になります。
ゴン太@管理人 | 2009/06/22 11:06 PM
もっと露天掘りのこと教えてください
| 2009/07/03 9:24 AM
露天掘りってなーーーんだ?
| 2009/07/03 9:27 AM
露天掘は坑道掘りと違い、地面の表面を直接掘り下げて採掘します。坑道(トンネル)がなく、採掘面が正に“露天”になっています。ウイキペディアで「露天掘り」の解説などもありますので、詳しく知りたければ「露天掘り」で検索されることをお薦めいたします。
ゴン太@管理人 | 2009/07/03 11:12 PM
露天掘りっておもしろーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
| 2009/07/23 5:46 PM
露天掘りって何?????????????????????????????????!?????????????????
| 2009/07/23 5:48 PM
これ以上ご質問されても、露天掘りに関して
お答えすることはございません。

また、今後もこのようなコメントをされる場合は
削除させていただくことがありますのでご了承ください。
ゴン太@管理人 | 2009/07/23 11:09 PM
始めまして、自分の出身地である宮田町を
検索していたら 貝島炭鉱を思い出し
このサイトでコメントをする事になった次第です
貴重な記録をありがとう御座います。
実はウチの今は亡き父が貝島炭鉱で
1960年まで働いて退職をしました
父の年齢は当時32歳でして
1960年頃には炭鉱も景気が悪化
して来たのでしょうか・・・
退職の理由は愛知県で職替えをする事でした。
その後 父は二人の弟と二人の炭鉱仲間を
愛知県に転職の事で世話をしましたが
愛知県に来て4年後に亡くなりました。
生前は炭鉱の事を何時も「あの頃は楽しかった」と
懐かしく語っていて死んだら九州に帰ると
言ってました。僕の記憶では何時も父は
炭鉱仲間と仕事が終われば飲んでいました。


ブルン | 2010/01/14 4:15 PM
>プルンさん

コメントありがとうございます。
炭鉱の話は私にとって遠い昔のことのように感じますが、プルンさんのようなお話を頂くと、つい最近まであったことなんだと実感することができます。
ゴン太@管理人 | 2010/01/18 2:17 AM
何気なく貝島炭鉱の検索を行い拝見致しました、
当時の宮田町で商を両親がしていました、私も中・高六年間住んでました、家業の関係で貝島露天掘りの作業現場に工場を出店していた関係で、授業の後は手伝いに良くいってました、懐かしい写真です、私も定年を早くに迎え博多でのんびりとしていますが同窓会は毎年参加してますので宮田町まで出かけています、本社横の露天掘りは私の記憶では最深部で70〜80m位だと記憶しています、当時の作業会社はブルトーザー工事KK(現在の青木建設)でした、ご参考まで、あの場所で露天掘りが可能だったのは広大な敷地を貝島炭鉱が所有していたのと、遠賀方面からの炭層が斜めに上がり地表に出てきていたので作業効率が良かった様ですよ、筑豊の他の地区ではその様な炭層が少なかった様です、小規模の露天掘りなら「タヌキ堀り」としては
桂川の方にも有った様です。
pipe | 2011/12/16 2:18 PM
ありがとうございました
はまやねん | 2015/05/24 5:41 PM
懐かしいサイトに行き当たりました。私は学生時代、露天掘りのハッパ作業をよく見ていました。懐かしいです。
ぱんぷきん | 2017/02/06 7:55 PM
コメントする









この記事のトラックバックURL
この記事に対するトラックバック
<< April 2017 >>
SunMonTueWedThuFriSat
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
最近の記事
九州ヘリテージいち押し!
肥薩線の近代化遺産
肥薩線の近代化遺産
熊本産業遺産研究会
雑記帳でも紹介しています。
最近のコメント
最近のトラックバック
プロフィール
購 読
RECOMMEND
廃墟という名の産業遺産
廃墟という名の産業遺産 (JUGEMレビュー »)
小林 伸一郎,栗原 亨,酒井 竜次,鹿取 茂雄.他
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
九州遺産―近現代遺産編101
九州遺産―近現代遺産編101 (JUGEMレビュー »)
砂田 光紀,国土交通省九州運輸局,九州産業・生活遺産調査委員会