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球磨川第一・第二橋梁

 JR肥薩線が球磨川と併走する区間には、24のトンネルのほかにも球磨川第一橋梁と球磨川第二橋梁の2つの見所があります。この2つの橋梁は共にアメリカン・ブリッジ社の1906年製のトラス橋。クーパー型トランケートピントラスという、橋脚や橋台(河川の流れ)に対して60度の角度で交差するという珍しい構造をしています。

 八代市のJR鎌瀬駅近くにある球磨川第一橋梁は、国道219号が肥薩線と交差する付近の小道からよく見ることができます。小道は民家へとつづく一本道なので通行の邪魔にならないよう注意が必要。

球磨川第一橋梁

下の写真は対岸から見た球磨川第一橋梁。手前のプレートガーダー部分とトラスまでが、石積の橋脚の上に60度の角度が付いて載せられているのがお分かりになるでしょうか。

球磨川第一橋梁を対岸から

 トラス部分には1906の製造年とアメリカン・ブリッジ社製であることを示すプレートがあるということですが、両岸から見る限りでは見つけることはできませんでした。ちなみに国道の対岸側では煉瓦積の橋台も間近で観察できます。

球磨川第一橋梁 煉瓦積の橋台

 写真を撮っていると、なんと橋の上を列車でなく子供たちが数人歩いてくるではありませんか。非常に危険だと思いますが、近くの道路橋までは距離もあるので子供たちには格好の近道なんでしょうね。

 さて、球磨川第一橋梁より上流側(人吉市側)の球磨村にあるのが球磨川第二橋梁です。トラスの構造は第一橋梁と同じもの。

球磨川第二橋梁

この第二橋梁の200メートルほど上流になんとなく似た形の道路橋「さがら橋」がありますが、昭和9年竣工のものでトラス構造も異なります。

さがら橋

右手奥にわずかに見えるのが球磨川第二橋梁。手前が「さがら橋」。似た形になっているのには何か理由があるのかもしれませんね。

 100年現役の球磨川第一・第二橋梁。球磨川沿いに連続する石積・煉瓦積のトンネル坑門とあわせての見学がオススメです。

※現役の鉄道施設ですので軌道敷・橋梁内への立ち入りは厳禁です。

【JR肥薩線関連記事】
JR大畑駅
JR九州人吉機関車庫
JR肥薩線 宮松トンネル

【参考文献・関連図書】
九州遺産
「熊本県の近代化遺産 近代化遺産総合調査報告書」

遺産探訪/鉄道・橋梁関連 | permalink | comments(4) | trackbacks(0)

この記事に対するコメント

1906年というと明治40年くらいですか、、鉄橋の寿命ってどれくらいなんでしょうか、、現役でいるのはそろそろ限界なような気もしますが、、架け替えるにしても採算はとれないだろうし、、ということは洪水で破損したりしたら廃線ということになるんでしょうね、、

子供たち、スタンドバイミーみたいですね、、つーか、かなり危険では??
ごんた | 2007/08/30 8:46 AM
>ごんたさん
>現役でいるのはそろそろ限界なような気もしますが

どうなんでしょうね。そもそも橋を設計する段階である程度の耐用年数を考えるとは思うのですが、寿命をどのくらいに設定するものなんでしょう。100年も使われると考えていたのか気になりますね。

>スタンドバイミー

映画では汽車がやってきて、確か川に飛び込んでいましたよね。こわっ!
ゴン太@管理人 | 2007/08/31 12:49 AM
球磨川第一橋梁鎌瀬駅そばに1975年まで暮らしていました。

1970年までは球磨川の水も澄み切っていて、このあたりのダム湖周辺では夏になると孟宗竹を川に浮かべ四角い柵をつくってプール代わりにして泳いでいました。この鉄橋の下にも「プール」があり、鉄橋の台座の上から飛び込む子もいました。

橋の横の取り付け路は70年頃につくられたと思います。今もそうですがその取り付け路ができる前から鎌瀬駅への近道として鉄橋を渡っていました。取り付け路ができる前は、鉄橋の上にある枕木を渡っていたようす。鉄橋は生活道路という感覚です。それでも開通以来事故があったという話は聞いたことがありませんが、もちろん渡るのはおすすめしません。

今(08年2月3日)沿岸道路の補修工事のため下流の荒瀬ダムの水門を開けています。ですので川の水が引いて、鉄橋周辺は橋ができた当時の球磨川の上に立つ姿を見せています。いいながめです。こうした姿もあと5年ほどでダムが撤去されずっと見られます。わたしの叔父は、「子どもの頃友だちに鞄を持たせ、自分は球磨川を上流の学校から流れに乗って泳いで帰った。」といばって話していました。そんな川に戻ることを心待ちにしています。

この橋がアメリカ製であることは鉄橋のどこかに刻んであるのを見たことがあります。もう100才だなんて。今からでもお祝いをしてやらねばなりませんね。鉄橋はあまりにも身近な存在でその美しさに気づくものはいませんでした。いやそれどころか周りの緑に反して浮かぶ赤い色は私たちには毒々しくて、子どもの頃だれも写生大会の題材に選ぶものはいませんでした。しかし100年を経て私たちのくらしとともにあり、それは周りの緑にも静かに同化して息づいているようです。ふるさとの情報をネットで探していてここにたどりつき、この橋のある風景を愛していたことを確認できました。今週中にも帰ってみたいと思います。

(同じ旧坂本村にある他の遺構のページも興味深く読みました。近くに住む人たちの声も聞けば、さらにおもしろく奥深いものになるのではないでしょうか。)
鉄橋そばの旧住民 | 2008/02/03 11:09 PM
>鉄橋そばの旧住民さん

はじめまして。
地元の人でなければわからない貴重なお話をありがとうございます。大変興味深く読ませていただきました。やはり鉄橋は地元では“生活道路”だったんですね。

最近、球磨川沿いを通って、川の水位が随分と下がっているなと思っていたのですが、工事のために荒瀬ダムを開放していたんですね。しかし、その水位が本来の球磨川の風景だったとは考えもしませんでした。球磨川を流れに乗って泳いでいた叔父さんのお話はすごいです。今やってしまうとレスキューが出動しそうですね(笑)。でも確かにそんなキレイな川になって欲しいものです。

>近くに住む人たちの声も聞けば、さらにおもしろく

そうですね。私としてもできるだけ地元の方の話を聞くようにしています。資料や文献などにはない、地元ならではの話を聞くのはとても楽しいものです。今後も積極的に声を聞き、記事に反映させていきたいと思っています。
ゴン太@管理人 | 2008/02/05 2:36 AM
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