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六五郎橋の謎

 福岡県と佐賀県の県境を流れる筑後川に、9連の曲弦ワーレントラスをもつ長さ450mの六五郎橋があります。

六五郎橋 全景
六五郎橋全景 筑後川下流(南)側から撮影

 久留米方面から佐賀市方面へ向かう際に、カーナビの案内により初めて渡った橋で、その時は随分と錆びてくたびれたトラス橋だなと思っただけでした。しかし二度目に渡ったとき、途中でトラスが変わることに気が付きました。同じトラスが9つ並んでいるのでなく、二種類のトラスがあるのです。

六五郎橋 入り口(西側)のトラス

 上の写真は橋の入り口(佐賀県側)にあるトラスです。錆びてはいますが端柱や上弦材などは太い鋼材で構成されており、特に古さは感じさせません。

六五郎橋 中央の5つのトラス

ところが…。橋を渡り始めると3つめのトラス橋(上写真)から、細い部材をリベットで組んだ実に古そうな造りになります。

 9連のうち、橋の入り口にあたる両端の4連は同じタイプ。中央部分の5連がこのリベット組みの古そうなトラス橋になっています。

六五郎橋 中央の5つのトラス 部分拡大

 細部の造りを見てみても、かなり古いトラスであることが予想できます。これはもしかしたらお宝かも!?なんて思ったりもしましたが、橋の途中ですので車を止めてゆっくり見物もできません。オマケに橋の両端には信号があり、交通量も多いことから「そのうち見に行こう」ということに。

 帰宅し早速「六五郎橋」についてWeb上で調べてみると意外な結果が。橋の管理者である国土交通省九州地方整備局筑後川河川事務所のWebサイトをはじめ、どのWebサイトにも六五郎橋は1966年に完成したとあります。随分古いトラスだと思っていただけに、かなりがっかりな結果です…。

 しかし、2種類のトラスが共に1966年完成とは限りません。再び現地を通るチャンスがあったので、それぞれのトラス橋に銘板を探してみました。まずは橋の入り口部分にあるトラス(両端で4連分)をチェック。

六五郎橋 両端のトラスの銘板

1966年3月
福岡縣佐賀縣建造
建示(1955)2等橋
製作 松尾橋梁株式会社
材質SM50.SS41
 銘板はわかりやすい端柱にあるので、すぐに見つけることができました。やはりWeb上で調べたとおり1966年製であるようです。

 では、六五郎橋中央部の古そうな5連のトラスはどうでしょうか…。こちらも端柱のわかりやすい場所に銘板を発見!その中身は…

六五郎橋 中央のトラスの銘板

↑少々わかりづらいので部分拡大↓

六五郎橋 中央のトラスの銘板(拡大)

昭和25年(1950)
福岡縣 佐賀縣 建造
鋼道路橋 第2種
製作施工 松尾橋梁株式会社
 やっぱり!こちらのトラスは1966年製ではありません。思っていたほど古い時代のものではありませんでしたが(実は結構ガッカリ)、中央部分の5連は1950(昭和25)年製で、両端のトラス4連より16年も古いものでした。

六五郎橋 全景

 しかし、なぜ1966年完成の六五郎橋に1950年製のトラスが?という疑問が出てきました。橋を製作施工した松尾橋梁株式会社の実績データベースに六五郎橋に関する記録があり、それによると1950年と1964年に製作され、1966年になって架設されたようにも読み取れます。しかし16年という歳月は橋の工期としてはあまりも長いのでは?それとも1950年には六五郎橋は完成していて、1966年に両端のトラス4連だけが架け替えられたのでしょうか。製作から完成年まで16年の開きが謎となってしまいました。


 このような疑問は管理者に問い合わせればすぐに正解が得られるものですが、あれこれ考えるのも楽しいものです。で、正解なのですが…まだ問い合わせていないんです(笑)。

※六五郎橋は道幅6mと狭く、時間帯によっては非常に自動車の交通量が多いので、歩いて立ち入るのはとても危険です。すぐ隣に平行して架けられている歩道橋から安全に見ることができます。

【関連・参考サイト】
筑後川河川事務所」> 学ぶ・調べる > 土木施設 > 筑後川の橋 > 六五郎橋
筑後川(Wikipedia)
よかとこBY」> 天建寺橋と六五郎橋
松尾橋梁株式会社」> 松尾が架けた橋 > 橋梁実績データベース > 九州・沖縄/福岡県
遺産探訪/鉄道・橋梁関連 | permalink | comments(5) | trackbacks(0)

この記事に対するコメント

小さいころ、トラスが9個あるのになぜ六五郎橋て言うのか不思議に思ってたのを思い出します。それと近くに清力酒造の美術館があったと思うけど行ってみた?
テコン1号 | 2009/05/29 10:38 AM
これまた、おもしろいものを発見しましたね。
なんなんでしょうねぇ、川幅を広げたときに新しく
継ぎ足したとか?
まるか | 2009/05/29 5:11 PM
>テコン1号さん

六五郎橋の“六五郎”って付近に伝わる悲しい物語が元になっているようですね(記事末尾の「よかとこBY」>天建寺橋と六五郎橋を参照)。清力酒造の美術館はリサーチ不足でした。見ていません!

>まるかさん

「川幅を広げたときに新しく継ぎ足した」これは考え付かなかったです。河川改修で川幅を広げることもあるでしょうね。
ゴン太@管理人 | 2009/05/31 12:28 AM
うちのサイトで現在更新中の所をいろいろ調べているときに、「戦後まれに見る土木工事」として橋の拡幅とアーチの追加という事例を知ることが出来ました。
六五郎橋の事例もこれに当てはまるのではないかと思います。可能性については以下の2パターン。
1.戦後の河川改良計画に則って1966年頃に川の拡幅を行った場合。
2.1966年あたりに筑後川が氾濫を起こし、前後のアーチ橋が流されてしまった場合(この場合は修復ですな)。
長大な橋の場合、半分くらい流されても残りの部分を利用して修復してしまう事例もあるようです。土木は奥が深いですねぇ。
庵田 | 2009/06/11 3:02 PM
>庵田さん

やはり可能性はその2パターンでしょうか。
河川の拡幅の可能性を考えると、類似の事例は案外多くあるかもしれませんね。筑後川の他の橋も要チェックですね。
ゴン太@管理人 | 2009/06/16 12:27 AM
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