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明治佐賀炭鉱

 佐賀県多久市のJR多久駅近くにある三菱古賀山炭鉱を以前紹介しましたが、その下調べの際に「国土情報ウエブマッピング・多久市の航空写真」を見ていて別の場所(多久駅から西へ約1km)にもボタ山を見つけました。ここは明治鉱業株式会社の明治佐賀鉱業所の跡で、現在でも地名として「明治佐賀」の名前が地図に記されています。

多久駅の西側(1974年)

↑白枠部分を拡大↓

明治佐賀炭鉱(1974年)

 大小複数のボタ山の他にホッパーと思われる構造物や、東南の方向には社宅と思われる住宅群も見えます。ホッパーが見える白枠部分を以下に拡大↓

明治佐賀炭鉱のホッパー(1974年)

 1974年当時の写真で見る限り、ホッパー以外には目立つ構造物を見つけることはできません。このホッパーを手掛かりに現地へ向かいました。

 現在、明治佐賀炭鉱の跡地はセメント工場や製砂工場などになっており、ボタ山も整地されてゴルフ場になっています。ゴルフ場にボタ山の痕跡を見つけることはできませんが、工場には何やら…。

 工場南側の道路から敷地内の施設を見渡すことが出来るのですが、その中に2基のホッパーを見つけることで出来ました。上の写真の「ホッパーその1」、「ホッパーその2」共に、その位置にあたる場所に現在もホッパーを見ることができます。また地元の方のお話からも、明治佐賀炭鉱時代のホッパーだと証言を得ることが出来ました。

明治佐賀炭鉱跡地に残るホッパーその1(現在)
ホッパーその1(現在)

 屋根がついていますが、その下にはコンクリート製のホッパーの姿が見えています。転用されて現在も使われているようです。

明治佐賀炭鉱跡地に残るホッパーその2(現在)
ホッパーその2(現在)

 こちらのホッパー(貯炭ポケット?)はハッキリとその姿を見ることができます。後ろに見える丘は元々ボタ山だったところで、現在はゴルフ場。

 ところで、この2基のホッパーはほぼ直線上に並んでおり、その直線の延長線がカーブを描きながら多久市の中心部へと延びています。1974年当時の航空写真では道路となっている部分ですが、この線形をよくよく見てみるとホッパーと多久駅が繋がっているではありませんか!現時点では資料もなく確証はありませんが、多久駅から明治佐賀炭鉱まで鉄道(貨物)の引込線があったと考えて間違いないでしょう。

多久駅から明治佐賀炭鉱までの引込線
赤点滅の線が引込線と思われる

 下調べでは全く気付かず、現地で初めてこの線形に気付いて一人大興奮で跡を辿りました(笑)。線形は道路としては途切れている部分もありますが、建物の間隔が不自然に開いていたりするので簡単に辿ることができます。
 
 明治佐賀炭鉱については三菱古賀山炭鉱と同じく、現存する遺構の確認だけしか行なっていませんが、多久市周辺の他の炭鉱も含めて資料・記録などからも今後は調べてみたいと思っています。


 青線が引込線予想図。地図左側の2つのマーカーが現存する明治佐賀炭鉱のホッパー。右端に見えているマーカーは三菱古賀山炭鉱のホッパーと関連施設。

※以下は6/16追記
 佐賀県多久市にある明治佐賀炭鉱を紹介した記事をご覧頂いた方から、「坑口はご覧になりましたか」というメールをその写真と共に頂きました(Tさん、ありがとうございました)。驚きとともに調べてみたところ、確かに2か所の坑口が残されていることを確認しました。郷土史関連の資料などにはその事実が書かれているようですが、知らなかっただけにこの事実にはとても驚きました。現存する数少ない坑口ですが、現在は民間企業の工場敷地内ということもあり詳細は非公開です。


【関連記事】
雑記帳・三菱古賀山炭鉱 ホッパーと関連施設
雑記帳・三菱古賀山炭鉱 竪坑櫓
雑記帳・JR多久駅の鉄橋群

【関連サイト】
日本炭鉱公団」> 第一鉱業所 > 九州の炭鉱 > 佐賀 > 明治佐賀炭鉱
遺産探訪/炭鉱関連 | permalink | comments(7) | trackbacks(1)

この記事に対するコメント

>引き込み線

『日本鉄道旅行地図帳 九州沖縄』P22の路線図によると、多久駅から2本の支線が延びていたようです。そのうちの多久〜柚ノ木原の貨物支線(P54唐津線参照)ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。ちなみにウィキペディアの唐津線の項目にもこの貨物支線のことは載っています(同項の歴史、1903年と1967年を参照)。
タケ | 2009/06/07 9:33 PM
>タケさん

>多久〜柚ノ木原の貨物支線

実は次の機会にでも探索に行こうかと考えていたことなのですが、「多久〜柚ノ木原の貨物支線」は今回の引込線とは別のもので柚ノ木原炭鉱の引込線だと思います。

今回の記事で紹介している引込線は西南へと線形が伸びなければならないところが、『日本鉄道旅行地図帳 九州沖縄』にある「柚ノ木原貨物支線」は西北へと伸びています。

 実は、その「柚ノ木原貨物支線」の線形を「国土情報ウエブマッピング」で確認してみると、途切れ途切れですが引込線らしい線形を確認することができます。また、その線形の先には、不明慮ですが大小のボタ山が確認できます。1974年の航空写真で既に消えかかっている線形と炭鉱跡地ですので、あまり期待はできませんが現地へ行って確認してみたいものですね。

ちなみに『日本鉄道旅行地図帳 九州沖縄』にあるもう一方の引込線(北へ延びる赤線)は立山炭鉱の引込線と思われます。現地で聞き込みをして得た話ですが、その痕跡は見つけることができませんでした。
ゴン太@管理人 | 2009/06/07 11:30 PM
幼い頃の事を調べていて、このサイトを見つけました。
私は45年前(4歳)に柚ノ木原貨物支線のすぐ横に住んでいた者です。線路の前で撮ってもらった1枚の写真が今でも手元にあります。当時は石炭運搬の汽車を見るのが楽しみでした。機関士さんから一度だけ甘納豆を袋ごと投げて貰った事を覚えています。45年前に汽車が走っていた事は間違いありません。ただし毎日かどうかは記憶にありません。
ちなみに引込線の位置はは74年の写真のボタ山沿いの細い道がそうです。
参考になればと思いコメントさせて頂きました。
MK | 2009/07/29 8:48 PM
>MKさん

はじめして。コメントありがとうございます。
また貴重な情報をありがとうございます。やはり柚ノ木原貨物支線は74年写真の細い道路なんですね。推測でしかなかったのでとても助かりました。近くに行く時には現地を確認してこようと思います。
ゴン太@管理人 | 2009/08/02 11:55 PM
はじめまして。
私は誕生(1960.11)から1968年2月3日まで明治佐賀多久鉱業所社宅に住んでおりました。幼稚園に歩いて通う途中からこの引き込み線を9600形SLがセムセラをホッパーまで持って行ってる様を見た記憶があります。
それが推進なのか牽引なのかプッシュプルなのかは覚えてません。
あれから40年以上経つのに、ボタ山のボタを捨てるトロッコのガランガランという音と、9600の甲高い汽笛は忘れられません。
これがきっかけで汽車好きになったと思います。


松菌所長 | 2010/02/28 1:11 AM
>松菌所長さん

はじめまして。レスが遅れて申し訳ありません。
コメントをありがとうございます。

>引き込み線を9600形SLがセムセラをホッパーまで

大変貴重なお話をありがとうございます。やはりあそこを引き込み線が通っていたんですね。
ゴン太@管理人 | 2010/03/08 12:31 AM
 はじめまして。
わたしは小学5年生まで明治佐賀炭鉱の緑が丘という職員社宅で育ちました。30年代はプールまでありあの時代では恵まれた環境でした。自宅からはボタやまが正面にみえ父が描いた油絵にあのころの様子が残っておりなつかしい限りです。夏には昭和バス70台ほどチャーターし唐津まで海水浴に行っていました。今では想像もつかないことですが。亡父は効率をあげる為に汽車に直接石炭を積めるよう設計しそれには億単位の投資なので辞職願いと一緒に社長に出したと言う話を何度も聞いたことを思い出します。
まりこ | 2011/12/01 2:50 PM
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明治佐賀炭鉱の多久駅への引き込み線跡が航空写真で確認できたので今度実家に帰ったときに現地調査をしてみたいと思う。 18年間多久に住んでいてこんなお宝に全く気づいていなかったなんてもったいない。 参考URL http://blog.all-a.net/?eid=841506 http://blog.ky
明治佐賀炭鉱 | どこなぞ日記 | 2010/10/13 8:59 PM
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