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九州の近代化遺産・産業遺産を見て・調べて・紹介!するブログ

三菱重工 地下工場

 戦時中の熊本市には、爆撃機「飛龍」を生産した三菱重工熊本航空機製作所の大規模な工場がありました。現在、敷地跡の半分が陸上自衛隊健軍駐屯地(西部方面総監部)となり、三菱時代の工場建屋(詳細はコチラ)が倉庫などに転用されて現在も残されています。 

 当時の工場は巨大なうえに爆撃機を生産していたので、当然アメリカ軍の攻撃目標になります。実際に攻撃も受けており、施設被害だけでなく約30人の死傷者も出たとのこと。そこで工場は疎開と分散をすることになり、その一部は地下工場となりました。

「地元熊本に三菱重工の地下工場があったのか!」と、その事実を知ったときには随分と驚きました。小規模な地下工場跡は既にいくつか発見されていますが、“まだ発見されていない大規模な地下工場がある”という情報もあり更にビックリ。軍需工場だった三菱重工の地下工場、言ってみれば“飛行機を作っていた秘密工場”が今も地下で眠っているわけです。

 と、そんなことを考えて間もない去年の2月のこと。地元新聞に「熊本市に地下工場跡・県内最大規模・三菱重工地下工場、熊本市龍田町で見つかる」と大きく報じられました。これは「熊本の戦争遺跡研究会」が聞き取りなどにより発見したもので、その調査を伝える記事には巨大な地下空間の写真も掲載されています。やっぱりあったんだ!と驚いたと共に「コレは是非とも実物を見てみたい」と思っていたところ、なんとその測量調査に同行させて頂くことができました。(研究会のT先生、ありがとうございました。)

 地下工場への入口は、こんなところに!?と思うような住宅地奥の竹林内にあります。現在は種芋の保管庫として利用されているとのこと。

三菱地下工場

 私有地の中ということもあり、人目にはつかない場所です。芋の保管庫として使われているために、内部には簡単な照明が設置してありました。

三菱の秘密地下工場の入口

 軽自動車と入口の比較。軽自動車であれば入ってしまいそう。

三菱地下工場

 同方向を向いた入口4か所を、一旦この矩形の通路が接続しています。そして、この通路の横方向に大空間が広がっています。(下記平面図で左右方向を結ぶ一直線の通路部分)

三菱地下工場

 写真から空間の大きさが伝わるでしょうか。奥で男性が脚立の上に立って、測量しています。左手のコンテナは芋の保管用。岩盤に掘られたものなので天井・壁面もしっかりとしています。床面は全面コンクリート。

三菱地下工場

 高さ約4.3m、幅約4.7m、長さ約20mのこのような空間が2つあり、90度に近い角度でVの字の形になって繋がっています。


 地下工場の平面図。手前(下側)に4つの入口があるのがわかります。

三菱地下工場

 上の写真はVの字の角(上記平面図の三角頂点部分)から広角レンズ(10mm・Nikon D300)で撮影。その空間の広さと地下壕としての作りの良さがわかると思います。天井や床、壁面の仕上げも良く、また照明の効果もあると思いますが、地下壕にありがちな気味悪さは全くありません。

 この地下工場は、飛龍のエンジンの組み立てと整備を行なうための工場として、昭和20年の春ごろに掘られたとのこと。工場付近の民家の納屋には数機分のエンジンが届いており整備を待っていたそうです。しかし、工場完成の直前になって終戦を迎えることになり、実際にこの地下工場が稼動することはありませんでした。

三菱地下工場

 さて、今回紹介した三菱重工地下工場は、昨年12月に発売された「熊本の戦争遺跡」(編集:熊本の戦争遺跡研究会)にて詳しく紹介されています。同書は熊本県内に残る戦争遺産を綿密な調査でまとめたもので、貴重な写真が数多く掲載されているだけでなく、当時を知る関係者の証言、測量調査による図面など、驚くほど詳細な情報が載せられています。
「熊本の戦争遺跡」熊本の戦争遺跡研究会編
2010年12月1日発行
A4判 212頁 定価:1,890円
編集 熊本の戦争遺跡研究会
発行 創想舎
 熊本県内では紀伊國屋書店などの大型書店で購入することができます。戦時の中での“意外な熊本”を知ることができるオススメの一冊です

【関連記事】
「雑記帳:旧三菱重工熊本航空機製作所

【関連サイト】
ホープ印刷」> 『熊本の戦争遺跡』刊行のご案内

【参考資料】
「熊本の戦争遺跡」編集:熊本の戦争遺跡研究会
遺産探訪/工場・電力関連 | permalink | comments(2) | trackbacks(1)

明けましておめでとうございます

 明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。

 今年は何か変化を付けたいと思っています。去年もそんなことを思っていたような…。いや、今年は欲張ってでも色々と新たなことに挑戦したいですね。どこまでできるかわかりませんが、皆様宜しくお願いいたします。
ゴン太の独り言 | permalink | comments(3) | trackbacks(0)

下滝下発電所

 日窒(旭化成)関連の発電所の紹介も一区切りついたので少し違うジャンルのネタを…と思っていたのですが、最近Twitterにて「九州には木造の発電所はありますか?」という質問を頂きました。木造の水力発電所といえば“廃”発電所の鮎帰発電所を思い出しましたが、現役のものとなると…。ひとつだけ心当たりがあります。

 実は以前紹介した馬見原発電所を見に行った際、周辺を散策していて偶然にも小さな木造の水力発電所を見つけていました。国土地理院1/25000地形図にも掲載されておらず、事前にその存在を全く知らなかったので現地ではとても驚き興奮したのは言うまでもありません(笑)。

 その発電所とは、九州電力の「下滝下発電所」です。企業の自家用発電所なら有り得ると思っていた木造建屋ですが、まさか九州電力にその様な発電所が残っていたとは。電力会社の発電所は機器更新などで古い時代の建屋が残っていないという固定観念があったため、今まで九州電力の発電所はほぼノーマークでした。やはり様々な方向をチェックしていないといけませんね。

下滝下発電所

 上の写真は車道から谷を見下ろして撮影したもの。下を流れるのは五ヶ瀬川です。道路脇に細い水圧鉄管が通っているのを偶然見つけたので、辛うじてその存在に気が付くことができました。ここから見ると、発電所というより“小屋”と言ったほうがぴったりくる感じ。

下滝下発電所

 驚くことに発電所の敷地には車道は繋がっておらず、このような階段を数十メートル下ります。機器メンテや更新などの際は重量物の運搬に苦労しそうですが、車道も繋がっていないほど条件が厳しい場所にあったからこそ、木造の小さな建屋が残ったのかもしれませんね。

下滝下発電所

 手前にスレートの倉庫や増築された部分もありますが、発電所建屋本体は切妻屋根の木造平屋です。細部を見てみると…。

下滝下発電所

 特徴的なのがこの石積みの部分。地面から1メートルとちょっとの高さまでが石積みになっています。フェンスの外から確認する限りでは、建物ぐるっと一周全体的に下側が石積みになっているようです。水を使うということや立地などから、湿度を嫌って木造部分を地面から遠ざける意味合いでこのような造りになっているのかも。

下滝下発電所

 フェンス越しにズームアップ。建屋入口には庇がありますが、その持ち送りには曲線の意匠が施されています。目を引く部分ですね。

下滝下発電所

 施設の全体像。左奥には水圧鉄管が見え、その上を横切っている車道から1枚目の写真を撮影しました。

下滝下発電所

川に下りてから撮影。石垣の中央にはコンクリートアーチの小さな放水口が開いています。写真を見て気が付きましたが、室内では蛍光灯がついていますね。

 現場では、建屋に掲げられている表札や水利使用標識などから九州電力の下滝下発電所だということ位しかわかりませんでした。しかし細部を見てみると結構古い建物であることは予想できます。「もしかしたらスゴイお宝級の発見かも」なんて勝手なことを考えながら帰路につきました。

 帰宅後、数少ない手持ちの資料で「下滝下発電所」を探したところ、「熊本県の近代化遺産 近代化遺産総合調査報告」(熊本県教育委員会)でちゃんと取り上げられていました(汗)。さて、その資料によると下滝下発電所は大正10年2月に運転開始(九州電力のサイトでは大正10年12月※コメント欄に詳細あり)と判明!大正時代の木造建屋の発電所が現役で、しかも九州電力の発電所として現存しているとは実に素晴らしいことではないでしょうか。

 木造建屋で現役というだけでも“九州唯一”ではないかと思いますが、この下滝下発電所の最大の特徴は洞窟内の湧水だけを取水して発電する“九州唯一”の湧水発電所だということです。通常、1/25000地形図には水力発電所がある場所には青い破線で導水トンネルが描かれていますが、この下滝下発電所には取水堰や導水トンネルも無いわけですからその表記もありません。また68kwと桁外れに小さい最大出力も湧水だけを使った水力発電だということを考えると納得です。原子力発電所も有する電力会社にも、このような個性的な発電所があるというのは面白ですね。

 偶然に見つけた発電所ですが、多くの発見と教訓を得た一件でした。もう一度、九州電力の発電所をチェックしてみなくては。


 右のマーカーは馬見原発電所で、左側が下滝下発電所。蘇陽峡の東(馬見原発電所)側からでなく、西側の国道265号側からのアクセスがオススメです。

【関連サイト】
NPO法人くまもと温暖化対策センター」> 小水力発電

【参考文献・資料】
「一級河川における水力発電施設諸元一覧 九州地方整備局管内」国土交通省
「熊本県の近代化遺産 近代化遺産総合調査報告」熊本県教育委員会
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五ヶ瀬川発電所

 五ヶ瀬川水系の日窒(旭化成)関連発電所巡り、4回目は五ヶ瀬川発電所です。この発電所は大正9年設立の五ヶ瀬川電力株式会社により建設されます。大正11年7月に着工しますが、延岡からの機材・資材の運搬は非常に困難を極めたとのこと。輸送は牛馬と人力に頼るもので、発電機などの重量物は平底の船で五ヶ瀬川を遡り、途中からは牛を使いコロ引きしたそうです。それでも馬見原発電所などに比べると立地としては条件が良かったようで、他とは違う大型の発電所が建設できたのだと思います。

 大正14年1月に発電所は完成しますが、翌年8月に五ヶ瀬川電力株式会社は日窒に買収されることに。この時代の日窒の発電所建設は、一旦新たに設立された別会社により行なわれることがあります。この五ヶ瀬川電力以外にも緑川電力※(緑川発電所)、阿蘇水力電気(馬見原発電所)などがあり、いずれも竣工して何年も経たないうちに買収、譲渡などで日窒に吸収されてしまっています。明らかに日窒の工場への送電を想定した発電所ですので、初めから日窒の手で建設すればいいのではないか?という疑問が。このような事例は他にもありそうで、何か理由があったのかもしれませんね。

※緑川電力は津留発電所を作った会社で、日窒の「旧緑川発電所」とは関係ない。2013年3月4日追記。

 宮崎県日之影町の五ヶ瀬川沿いにある旭化成五ヶ瀬川発電所。廃線となった高千穂鉄道の日之影駅から500mほど延岡側へ行くと見えてきます。
 
五ヶ瀬川発電所

 3本の水圧鉄管があり、建物もこれまでの発電所に比べると大きくなっています。最大出力も13,500kwと、馬見原や川走川第一第二と比べ一桁違います。

五ヶ瀬川発電所

 対岸の県道237号から良く見えるためか、壁面には大きな「旭化成」の文字が見えます。

五ヶ瀬川発電所

 こちら側から見る建屋は、馬見原や川走川第一第二とほぼ同じ意匠です。ただ、丸窓に見える部分は換気口程度の穴が開いているだけのようでした。また、コンクリートブロック構造なのか、鉄筋コンクリート造なのかは外観からは判断がつきません(資料不足…スミマセン)。

五ヶ瀬川発電所

 発電所の裏手には車道が通っており、なんと水圧鉄管と発電所建屋の間を通り抜けることができます。直径2mはあろうかと思う水圧鉄管3本は迫力満点。その水圧鉄管と発電所建屋の接合部分真上に立つと、重低音で“ゴー”という水力発電所独特の腹に響く振動と音を堪能できます(笑)。

五ヶ瀬川発電所

 反対側に回って、こちらは放水口。水圧鉄管から発電所建屋に入った水は、(発電機の)水車を回した後にここから五ヶ瀬川に排出されます。石組みの三連アーチが特徴的で、周りの石垣も立派。

五ヶ瀬川発電所

 五ヶ瀬川下流側から見ると、上部水槽・水圧鉄管・発電所建屋・放水口と施設全体を一望することができます。取水堰などの設備も見てみたかったのですが、今回は時間が無く断念。あらためて行ってみたいと思っています。


 上記説明の通り高千穂鉄道の日之影駅を目指して行けば、五ヶ瀬川対岸に簡単に見つけることができます。

【関連記事】
「雑記帳:馬見原発電所
「雑記帳:川走川第一発電所
「雑記帳:川走川第二発電所
「雑記帳:五ヶ瀬川発電所
報告書」> 日窒鏡工場跡・小千代橋 > No.05

【参考文献・資料】
「一級河川における水力発電施設諸元一覧 九州地方整備局管内」国土交通省
「熊本県の近代化遺産 近代化遺産総合調査報告」熊本県教育委員会
遺産探訪/工場・電力関連 | permalink | comments(8) | trackbacks(0)

川走川第二発電所

 シリーズ3回目は川走川第二発電所です。第一発電所よりわずかに早い大正15年11月竣工で、建屋もよく似た形状です。水圧鉄管が1本だというところも同じですが、第一発電所の最高出力が2,000kwであるのに対し第二発電所は3,200kwと約1.5倍ほどの差があります。

川走川第二発電所

 馬見原発電所や第一発電所と大きく違うのは、発電所の正面側になる妻壁部分。表面がモルタル仕上げになっており、丸窓が無い代わりに矩形の窓が三つ並んでいます。

川走川第二発電所

 そして第二発電所の最大の特徴といえるのが、中央に配置された入口にある立派な車寄せ。両サイドにある柱をよく見てみると…

川走川第二発電所

 大きい庇を支える柱ですが、中央部分が膨らんでいるように見えませんか?写真は広角レンズによる歪曲も加わっており歪んでいますが、現地で見る限りではわずかに“樽型”のように見えました。デザイン?それとも目の錯覚かな…。

川走川第二発電所

 正面以外の壁面にはモルタルは塗られておらず、馬見原発電所や第一発電所と同じコンクリートブロック造であることがわかります。ちなみに反対側の妻壁にも丸窓は無く、三つの矩形の窓が同じようにありました。


 アクセスは非常に簡単。なんと県道沿いにありますので、詳しい説明もいらないでしょう。川走川が五ヶ瀬川と合流する地点であり、熊本県と宮崎県の県境でもあります。

【関連記事】
「雑記帳:馬見原発電所
「雑記帳:川走川第一発電所
「雑記帳:川走川第二発電所
「雑記帳:五ヶ瀬川発電所
報告書」> 日窒鏡工場跡・小千代橋 > No.05

【参考文献・資料】
「一級河川における水力発電施設諸元一覧 九州地方整備局管内」国土交通省
「熊本県の近代化遺産 近代化遺産総合調査報告」熊本県教育委員会
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